東南アジア人口動態ダッシュボード
ASEAN主要国の現在と未来の人口トレンドを探る
地域総人口
(2024年推定)
—
最大人口国
—
最高成長率予測
(~2050年)
—
国別人口比較 (2024年)
グラフの棒をクリックすると、各国の詳細情報を表示します。
年間平均成長率予測 (~2050年)
どの国が最も速いペースで成長するかを示しています。
人口増減予測 (2024年 vs 2050年)
各国が今後数十年間でどのように変化するかを示しています。
東南アジア:人口動態の宿命と経済の地平線 - ベトナム、タイ、ラオスを中心とした地域展望 💡
エグゼクティブ・サマリー
本レポートでは、東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国の人口動態と経済成長の見通しについて、包括的な分析を提供します。特に、ベトナム、タイ、ラオスの3カ国に焦点を当て、地域全体の動向と各国の固有の課題をインタラクティブに解き明かします。
分析の結果、ASEAN地域は単一の経済圏ではなく、人口動態の著しい「大分岐」によって形成される「多速度経済圏」として理解することが不可欠です。この分岐は、各国の長期的な経済ポテンシャルを決定づける最も重要な要因となります。
- ベトナム
製造業の拠点として目覚ましい成長を遂げていますが、その成功基盤である「人口ボーナス期」は終焉に近づいています。人口動態の追い風が止まる前に、生産性主導の経済モデルへと移行できるかという「時間との競争」に直面しています。 - タイ
域内でいち早く人口減少局面に突入し、構造的な「人口オーナス期」の重圧に直面しています。この人口動態上の逆風は、GDP比90%を超える深刻な家計債務問題と相まって、経済の足かせとなっています。 - ラオス
長期にわたる人口ボーナス期という大きなポテンシャルを秘めています。しかし、中国との連結性を高めるための大規模インフラ投資が巨額の対外債務を生み、深刻なマクロ経済の不安定化を招いています。これは、ポテンシャルとリスクが同居する典型的な事例です。
本レポートは、これらの多様な軌道を詳細に分析することで、この複雑で変化に富んだ地域で事業展開や投資を行う企業や政策立案者に対し、戦略的な示唆を提供することを目的とします。ASEANの未来は、この人口動態の宿命と、各国がそれにどう対応するかにかかっています。
第1章 東南アジアの人口動態ランドスケープ:変遷期にある地域 🧠
東南アジアの長期的な経済ポテンシャルを理解する上で、人口動態は単なる背景情報ではなく、その将来を規定する最も根源的な決定要因です。この章では、地域全体の人口構造と、各国間で顕在化しつつある深刻な分岐について概観します。
1.1. 地域の人口スナップショットと将来予測
東南アジア諸国連合(ASEAN)は、インドネシア、カンボジア、シンガポール、タイ、フィリピン、ブルネイ、ベトナム、マレーシア、ミャンマー、ラオスの10カ国で構成される地域共同体です。2024年現在、この地域の総人口は約6億9500万人に達し、世界総人口の8.5%を占めています。人口密度は1平方キロメートルあたり161人、年齢の中央値は30.9歳と、比較的若く、巨大な労働力と消費者市場を形成しています。その規模は、欧州連合(EU)の約5億人を超えるものであり、世界経済における重要性を示しています。
しかし、この巨大な人口ブロックの内部では、重大な変化が進行しています。地域全体の人口は依然として増加していますが、そのペースは着実に鈍化しています。
年間の人口増加率は2015年の1.25%から2025年には0.7%まで低下すると予測されます。国連の推計によれば、東南アジア全体の人口は2060年代半ばにピークを迎えた後、歴史的な減少局面に転じると見られています。
このマクロなトレンドは、地域全体の経済構造に長期的な影響を与えますが、その影響の度合いと時期は国ごとに大きく異なります。
1.2. 大分岐:人口ピークの時期とタイムライン
地域平均の背後には、各国の人口動態が全く異なる未来をたどる「大分岐」と呼ぶべき現実が隠されています。国連の世界人口推計に基づくと、各国の人口がピークに達する時期には最大で半世紀以上の差があり、これが各国の経済戦略を根本的に規定します。
- 既に人口減少期に突入した国
タイは2023年に人口のピークを迎え、既に減少局面に移行しています。 - 21世紀半ばにピークを迎える国々
シンガポール(2041年)、ミャンマー(2050年)、ベトナム(2051年)、ブルネイ(2056年)、フィリピン(2058年)、インドネシア(2060年)がこのグループに属します。これらの国々は、今後20年から40年の間に人口構造の大きな転換点を迎えることになります。 - 21世紀後半まで人口増加が続く国々
ラオス(2069年)、マレーシア(2074年)、カンボジア(2079年)は、他の加盟国が人口減少に転じた後も、数十年にわたって人口増加の恩恵を享受できる可能性があります。
このタイムラインの差異は、東南アジアの未来を理解する上で最も重要な長期的変数です。これにより、ASEANは明確に二つのグループに分かれます。
すなわち、間もなく到来する高齢化・人口減少社会に適応しなければならない国々と、まだ数十年間の人口増加という猶予を持つ国々です。この分岐は、各国が必要とする経済戦略を異ならせ、投資家にとっては多様な機会とリスクをもたらします。
1.3. 経済エンジン:「人口ボーナス期」と「人口オーナス期」のマッピング 🚀
人口の増減というマクロな動向を、より具体的に経済への影響として捉えるための概念が「人口ボーナス」と「人口オーナス」です。人口ボーナスとは、生産年齢人口(15~64歳)の割合が増加し、豊富な労働力が経済成長を牽引する期間を指します。
一方、人口オーナスとは、高齢化が進み、社会保障負担の増大などが経済成長の重荷となる期間を指します。ASEAN域内における各国の状況は、この観点から見ると極めて多様です。
- 人口オーナス期に突入した国
シンガポールとタイは、既に生産年齢人口比率が低下局面にあり、人口ボーナスの恩恵が尽きた「オーナス期」に入っています。 - 人口オーナス期が目前に迫る国
ベトナム、ブルネイ、マレーシアは、人口ボーナス期の最終段階にあり、間もなくオーナス期への移行を迎えます。 - 2030年頃までボーナス期が継続する国
地域最大の人口を抱えるインドネシアは、2030年頃まで人口ボーナスが続くと見込まれています。 - 長期のボーナス期が残されている国
カンボジア、ラオス、フィリピンは、2030年以降も比較的長く人口ボーナス期が続くと予測されており、長期的な労働供給の面で優位性を持ちます。
このフレームワークは、前述の人口ピークのタイムラインを、具体的な経済的現実に翻訳するものです。長期のボーナス期を持つ国々は、労働供給と国内市場の拡大という点で、自然な、長期的な追い風を受けます。対照的に、オーナス期にある国々は、構造的な逆風に直面し、成長を維持するためには生産性の向上、イノベーション、自動化といった要素に依存せざるを得なくなります。
この人口動態の分析から導き出される結論は、明確です。東南アジアにおける人口動態の軌跡は、単なる社会的な変化ではなく、各国の経済的な宿命を方向づける根源的な力となっています。
例えば、既に人口がピークアウトし、オーナス期に突入したタイの経済成長率が域内で低迷している一方、人口ピークが2058年と遠く、長期のボーナス期が続くフィリピンが高い成長予測を維持していることは、この関係性を如実に示しています。
人口動態プロファイルは、各国の経済成長能力を規定する基礎的な「追い風」あるいは「逆風」として機能しており、短期的な経済指標を超えた、長期的なポテンシャルを測るための強力な予測ツールとなります。
表1:ASEAN加盟国の概要
国名 | 首都 | 人口(2024年推計、千人) | 名目GDP(2022年、億米ドル) |
---|---|---|---|
インドネシア | ジャカルタ | 282,354 | 13,200 |
フィリピン | マニラ | 115,371 | 4,042 |
ベトナム | ハノイ | 100,675 | 4,088 |
タイ | バンコク | 71,689 | 4,953 |
ミャンマー | ネピドー | 54,320 | 594 |
マレーシア | クアラルンプール | 35,344 | 4,063 |
カンボジア | プノンペン | 17,533 | 299 |
ラオス | ビエンチャン | 7,718 | 157 |
シンガポール | シンガポール | 5,812 | 4,668 |
ブルネイ | バンダルスリブガワン | 461 | 167 |
表2:ASEAN各国の人口動態移行タイムライン
国名 | 人口ピーク到達年 | ピーク時人口(千人) | 人口動態フェーズ |
---|---|---|---|
タイ | 2023年 | 71,716 | オーナス期 |
シンガポール | 2041年 | 6,196 | オーナス期 |
ミャンマー | 2050年 | 58,636 | ボーナス期(継続中) |
ベトナム | 2051年 | 110,021 | オーナス期移行間近 |
ブルネイ | 2056年 | 521 | オーナス期移行間近 |
フィリピン | 2058年 | 135,182 | ボーナス期(長期継続) |
インドネシア | 2060年 | 322,609 | ボーナス期(~2030年頃) |
ラオス | 2069年 | 10,167 | ボーナス期(長期継続) |
マレーシア | 2074年 | 46,391 | オーナス期移行間近 |
カンボジア | 2079年 | 23,388 | ボーナス期(長期継続) |
第2章 ASEAN経済の見通し:多速度で進む成長ストーリー 🚀
第1章で明らかにした人口動態の分岐は、ASEAN地域の経済パフォーマンスに直接的に反映されます。この章では、具体的な経済予測データを基に、人口動態がいかにしてこの地域を「多速度」の成長軌道へと導いているかを検証します。
2.1. 経済成長の全体像と主要な牽引役
アジア開発銀行(ADB)や国際通貨基金(IMF)などの国際機関は、ASEAN地域に対して引き続き堅調な経済成長を予測しています。ADBは、東南アジア地域の2024年の実質GDP成長率を4.6%、2025年を4.7%と予測しています。IMFもまた、アジア太平洋地域全体が強靭な成長を示すと見ています。これらの成長を支える主要な牽引役として、底堅い内需、輸出と観光業の回復、そして持続的な海外直接投資(FDI)が挙げられます。
しかし、これらの地域全体の数値は、大きく異なる各国のパフォーマンスを平均化したものに過ぎません。「単一のASEAN成長ストーリー」という見方は実態を誤解させます。現実は、世界経済の不確実性や地政学的リスクといった外部環境からの逆風と、各国固有の国内要因によって形成される、多様な国家の軌跡の集合体です。
2.2. 高成長を牽引する先駆的グループ
経済予測データを詳細に見ると、一貫して高い成長を遂げると期待される国々のグループが明確に浮かび上がります。特にフィリピンとベトナムは、2024年および2025年にかけて6%台の高い成長率を記録すると繰り返し指摘されています。地域最大の経済規模を誇るインドネシアも、約5%という安定的かつ力強い成長が見込まれています。カンボジアもまた、この高成長グループの一員として挙げられることが多くあります。
これらの国々がASEAN経済のエンジンとなっています。そのダイナミズムは、第1章で特定した好意的な人口動態(巨大で成長を続ける労働力と消費者市場)、サプライチェーンの「チャイナ・プラスワン」戦略の受け皿としてのFDI誘致の成功、そしてそれに伴う堅調な国内消費という、複数の要因が組み合わさることで生まれています。
2.3. 成熟経済と構造的な逆風
対照的に、より経済的に成熟した国々は、より緩やかな成長ペースが予測されています。タイの成長率は2%から3%台にとどまると見られており、パンデミック以前の勢いを取り戻すのに苦慮しています。マレーシアの成長率は約4%と中程度であり、シンガポールに至っては2%を下回る見通しです。
これらの国々は、高成長グループとは異なる種類の課題に直面しています。タイの低成長は、第1章で特定した人口動態上の構造的な逆風、すなわち高齢化と労働力人口の減少が直接的な原因であり、それに加えて高水準の家計債務と観光業の回復の遅れが問題を深刻化させています。シンガポールやマレーシアの場合、これは経済の成熟段階を反映したものであり、もはや高い一桁成長は現実的ではなく、今後の成長は技術革新やバリューチェーンの上流への移行にかかっています。
このように、ASEAN経済を「高成長の先駆的グループ」と「成熟経済グループ」に分類することは、恣意的なものではありません。それは、第1章で示した各国の人口動態フェーズをほぼ完璧に反映したものです。高成長を遂げている国々は、まさに人口ボーナス期が継続中、あるいは長期にわたって続くとされた国々と一致します。一方、緩やかな成長にとどまる国々は、人口ボーナス期が終了したか、終焉に近づいている国々です。
この強い相関関係は、人口構造がこの地域における経済ポテンシャルの基礎的な決定要因であることを裏付けています。投資家や企業は、短期的なGDP予測だけでなく、人口動態データを長期的な成長見通しの先行指標として活用することで、より的確な戦略を立てることが可能になります。
表3:ASEAN主要国の経済成長率予測比較(%)
国名 | ADB 2024年 | ADB 2025年 | ADB 2026年 | IMF 5カ年平均(2023-27年) |
---|---|---|---|---|
ベトナム | 6.0 | 6.3 | 6.0 | 6.6 |
フィリピン | 6.0 | 5.6 | 5.8 | 5.8 |
カンボジア | 5.8 | 6.0 | - | - |
インドネシア | 5.0 | 5.0 | 5.1 | 5.1 |
マレーシア | 4.5 | 4.3 | 4.2 | - |
ラオス | - | 3.9 | 4.0 | - |
タイ | 2.6 | 1.8 | 1.6 | 3.4 |
シンガポール | 2.4 | 1.6 | 1.5 | - |
注:データは複数の予測時点のものを統合しているため、若干の差異が生じる可能性があります。IMF 5カ年平均は2023年1月時点の予測です。
第3章 国別詳細分析:ベトナム、タイ、ラオス
この章では、ASEAN域内における機会と課題の典型例として、ベトナム、タイ、ラオスの3カ国を多角的に分析します。それぞれの国が直面する独自の人口動態、経済構造、そして戦略的課題を深く掘り下げます。
3.1. ベトナム:時間との競争を迫られる製造業大国
人口動態プロファイル
ベトナムは、約1億人の人口を擁し、2051年に1億1000万人でピークに達すると予測されています。しかし、最も重要な点は、経済成長の原動力となってきた「人口ボーナス期」が終焉に近づいていることです。この事実は、ベトナムの経済発展に「急速に閉じつつある機会の窓」という時間的な制約と、強い緊迫感を与えています。
経済のエンジンと脆弱性
ベトナム経済の驚異的な成功は、海外直接投資(FDI)を燃料とする輸出志向型の成長モデルによって築かれてきました。特に、米中貿易摩擦を背景としたサプライチェーンの「チャイナ・プラスワン」戦略の主要な受け皿となり、製造業への大規模な投資を惹きつけてきました。その結果、GDP成長率は一貫して高く、今後も6%から6.5%という高水準で推移すると予測されています。
しかし、この成功モデルは同時に脆弱性も内包しています。経済が外国資本に大きく依存しており、世界経済の動向や貿易環境の変化に極めて敏感です。特に、米国のような主要輸出市場の景気や、隣国である中国経済の健全性に大きく左右される構造となっています。
将来展望と戦略的課題
ベトナム政府は、2045年までに先進国入りするという野心的な目標を掲げています。この目標を達成するためには、いくつかの深刻な障壁を乗り越える必要があります。国内の民間セクターの育成は遅れており、銀行や不動産分野を除けば、国際的な競争力を持つ地場の大企業は依然として少ないです。さらに、電力網をはじめとする基幹インフラの整備が、急増する産業需要に追いついておらず、慢性的な電力不足が企業の生産活動の足かせとなっています。
ベトナムにとって最大の戦略的課題は、人口動態の追い風が止まる前に、現在の労働集約的な組立・加工拠点から、より付加価値の高い、生産性主導の経済へと転換を遂げることです。ベトナムの経済モデル全体が、間もなく失われる人口ボーナスという有限の資源を前提に構築されています。もし、人口が高齢化し、労働コストが上昇する前に、強固な国内産業基盤を構築し、インフラなどの構造的ボトルネックを解消できなければ、「中進国の罠」に陥るリスクは極めて高くなります。フィリピンやインドネシアといった、より若い人口構成を持つ競合国に比べ、ベトナムにとって時計の針はより速く進んでいるのです。
3.2. タイ:人口動態の重石と債務の過剰
人口動態プロファイル
タイは、高齢化するASEANの典型例です。約7170万人の人口は2023年に既にピークを迎え、減少局面に転じています。生産年齢人口が縮小する「人口オーナス期」に明確に突入しており、この人口動態はタイ経済にとって恒久的な構造的逆風となっています。
経済を制約する要因
タイ経済は、強力かつ相互に関連する二つの重石によって成長を制約されています。第一に、パンデミック以前はGDPの大きな割合を占めていた基幹産業である観光業の回復が遅く、不確実であることです。外国人観光客数および観光収入は、依然として2019年の水準を大幅に下回っています。
第二に、より構造的で深刻な問題は、GDP比90%を超える驚異的な水準に達した家計債務です。この過剰な債務負担は、国内の個人消費と投資を著しく抑制し、経済全体のブレーキとして機能しています。
将来展望と戦略的課題
労働力が減少し、消費者が債務に喘ぐ中で、タイはもはや伝統的な成長モデルに頼ることはできません。将来の繁栄は、生産性の向上、イノベーション、そして高付加価値産業への転換を通じて成長を生み出す能力に完全にかかっています。政府と中央銀行は債務危機への対応を進めていますが、これらは困難かつ長期的な課題です。2%から3%台という低い経済成長予測は、これらの根深い構造問題を反映しています。
タイの経済停滞は、単なる景気循環的な落ち込みではありません。それは、社会の「早熟な高齢化」と「中所得国の債務の罠」という二つの危機が有害な形で結合したことによって引き起こされた構造的危機です。労働力が減少する経済が成長するためには、労働者一人当たりの生産性を高めるか、一人当たりの国内需要を増やすしかありません。しかし、タイの巨額の家計債務は、可処分所得を消費ではなく債務返済に向けさせることで、後者のルートを機能不全に陥らせています。これにより、成長の全負担が、達成が極めて困難な生産性の向上という前者のルートにのしかかります。人口動態の現実はより強力な内需経済を求めていますが、債務の現実はそれを無力化しています。この悪循環が、タイ経済を回復が不確実な観光業のような外部要因に過度に依存させ、他のASEAN諸国に対するパフォーマンスの低迷を招いているのです。
3.3. ラオス:潜在能力と危機の狭間に立つ「陸の連結点」
人口動態プロファイル
ラオスは、本節で取り上げる3カ国の中で、最も長期的に有利な人口動態プロファイルを有しています。約770万人の人口は若く、ピークを迎えるのは2069年と予測されています。その「人口ボーナス期」は今後数十年にわたって続くと見込まれており、労働力主導の成長に向けた長い滑走路を提供しています。
経済モデルと依存構造
内陸国であり低所得国であるラオスは、歴史的に水力発電による電力輸出や鉱物といった天然資源に経済を依存してきました。現在の国家戦略は、中国と他の東南アジア大陸部との間に位置する地理的条件を最大限に活用し、自らを「陸に閉ざされた国(land-locked)」から「陸で連結された国(land-linked)」へと変貌させることにあります。この戦略の中核をなすのが、近年開通したラオス・中国鉄道であり、サービス業や物流分野を活性化させる初期の兆候が見られます。
将来展望と戦略的課題
ラオスの豊かな人口動態と新たな連結性という大きなポテンシャルは、深刻なマクロ経済の不安定性によって著しく脅かされています。特に、インフラ整備のための資金調達に起因する対外債務は危機的な水準に達しており、「債務の罠」に陥っていると指摘されています。この債務問題が引き金となり、現地通貨キープの急激な価値下落と持続的な高インフレが発生し、国民の購買力を蝕み、極めて困難なビジネス環境を生み出しています。経済成長率は4%前後と予測されていますが、この不安定性に起因する下方リスクは非常に大きいです。
ラオスは、高リスクなパラドックスの只中にあります。その経済的ポテンシャルを解き放つことを意図したインフラ(鉄道)が、そのポテンシャルを台無しにしかねないマクロ経済の不安定性(債務)の源泉となっているのです。ラオスの未来は、まさに綱渡りの状態にあります。成功は、この債務危機を管理し、経済を安定させ、新たなインフラと若い人口を活かすために不可欠な民間投資を呼び込めるかにかかっています。鉄道の存在そのものが成功を保証するのではなく、その建設に伴う財政的帰結を巧みに管理することだけが、その真のポテンシャルを解き放つ鍵となります。
第4章 戦略的統合と将来展望 💡
本レポートの最終章では、これまでの分析を統合し、戦略的な意思決定者にとって実用的な、未来志向の洞察を提供します。
4.1. 人口動態と経済的宿命の連関
本レポートは、ASEAN各国の人口動態プロファイル、構造的な経済モデル、そして将来の成長軌道の間に、否定しがたい強力な連関があることを明らかにしました。フィリピンやラオスのような若く成長する人口が経済成長の根本的な追い風となる一方で、タイの高齢化が持続的な逆風を生み出しています。ベトナムの事例は、人口動態の窓が閉じ始める中で、経済転換がいかに急務であるかを浮き彫りにしました。これは、ASEANの未来を展望する上で最も重要なレンズであり、根本的な転換点です。
4.2. 成長の触媒としての地域連結性と人口動態アービトラージ
ラオス・中国鉄道のようなプロジェクトに支えられた「東西経済回廊」や「南北経済回廊」といった構想は、単なるインフラ整備以上の意味を持ちます。これらは、東南アジア大陸部をより統合された一つの経済圏へと変貌させつつあります。
これらの経済回廊は、地域の人口動態の不均衡を緩和するためのメカニズムとして機能します。物理的な連結性が強化されることで、タイのような高齢化し、より発展した経済圏の資本やサプライチェーンが、ラオスやカンボジアのような若く豊富な労働力プールに、より効率的にアクセスすることが可能になります。これは一種の「人口動態アービトラージ(裁定取引)」です。すなわち、地域統合を活用して、一国単位では克服が困難な人口動態上の制約を乗り越える戦略です。この強化された連結性は、各国間に共生関係を築き、地域全体としてその集合的な人口動態という資産を最適化することを可能にし、経済の強靭性を高めます。
4.3. 総括と戦略的インプリケーション
結論として、ASEANに対して画一的なアプローチを取ることは失敗につながります。多様な現実を踏まえ、以下のような戦略的示唆が導き出されます。
-
投資家および企業にとっての示唆
- 市場参入戦略
消費財関連企業は、インドネシア、フィリピン、ベトナムといった、長期的な人口増加と中間層の拡大が見込める市場を優先することが不可欠です。一方で、タイのような市場では、消費が家計債務によって制約されている点に留意する必要があります。 - サプライチェーン戦略
中国からの生産拠点多様化を目指す製造業にとって、ベトナムは有能な労働力を提供しますが、上昇する人件費とインフラのリスクを織り込む必要があります。より長期的で労働集約的な事業展開を考えるならば、新たなインフラによって連結性が高まりつつあるカンボジアやラオスといったフロンティア市場が、高い事業リスクを伴うものの、検討に値します。 - 人材および高付加価値サービス
タイやシンガポールのような高齢化社会では、ヘルスケア、自動化技術、資産管理サービスへの需要が必然的に高まります。ここでの機会と課題は、生産性主導の経済を牽引できる高度なスキルを持つ人材をいかに育成できるかにかかっています。
- 市場参入戦略
- 最終展望
東南アジアの未来は、その「多様性」によって定義されます。分岐する人口動態の軌道、それぞれに異なる経済モデル、そして地域連結性の加速という力が相互に作用し、今後数十年にわたり、複雑でありながらも機会に満ちた環境を創出します。これらの根深い構造的な力を体系的に理解することこそが、この地域で成功を収めるための鍵となります。🚀
引用文献
- ASEAN(東南アジア諸国連合)|外務省 - Ministry of Foreign Affairs of Japan
- アセアンとは?
- 東南アジアの人口 (2025) - ワールドメーター - Worldometer
- ASEAN Economic Dashboard - PwC
- ASEAN諸国の人口動態の現 状と展望 - 財務省
- 1296. 東南アジア連絡拠点だより:東南アジアの人口 | 国立研究開発法人 国際農林水産業研究センター | JIRCAS
- 国連人口推計でみるアジア ~人口動態の変化と成長のポイント~
- 日本ASEAN友好協力50周年を記念したASEAN特集 - 日本貿易会
- 東南アジアの経済成長、2024年は4.6%前後の見通し(ASEAN、インド、インドネシア、カンボジア、中国、フィリピン、ベトナム) | ビジネス短信 ―ジェトロの海外ニュース - ジェトロ
- ADB、アジア新興国・地域の2024年と2025年の経済成長率を4.9%と予測(ASEAN - ジェトロ
- 2024年11月アジア太平洋地域経済見通し 「 経済成長強靭もリスク増大」
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- 【2023年1月IMF発表】東南アジア及び主要国の2027年までの経済成長予測 - Biz Asia
- IMF世界経済見通し-25年の世界成長率見通しは3%に上方修正 | ニッセイ基礎研究所
- アジ研ワールドトレンド:2025年東南アジア経済の最新動向 - Accio
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- 2025年東南アジア主要国 経済の見通し - OKB総研
- ADB、ラオスの2025年のGDP成長率予測を3.9%と上方修正(ラオス) | ビジネス短信 - ジェトロ
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- 海外ウォッチャー:財務省
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- ラオス経済の現状と今後の展望 - 三菱UFJリサーチ&コンサルティング
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